神戸の路上生活者okさんとの出会い 前編

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*その昔、別ブログに書いていた記事をリライトして掲載します。

今回は2008年10月の記事です。

今回は、神戸で出会ったある人との印象的なエピソードを記してみます。

その当時、東京から四国まで自転車で横断する旅をしていました。

満身創痍でどうにか四国までたどり着いた後、再び本州に戻ったときにその人と出会いました

神戸に到着した日の出会い

フェリーで高松から神戸に着いたら、もう夜だった。

当初は瀬戸大橋を自転車で渡ろうとしていた。が、途中で自転車は通行不可ということを知り、急遽フェリーに切り替えた。

暗くなりはじめた19時半に神戸港に到着し、右も左も分からない状態のまま、おもむろに自転車をこぎ始める。

薄暗くなってきた神戸の街をさまよっていると、元町駅周辺に辿り着く。駅周辺を散策してみると、なんとすぐ目の前に神戸の中華街を発見。

こういうことはときたまある。「神戸の中華街には行ってみたいなぁ」と思っていた矢先に、目の前にその場所が現れる現象。

 

この時、むかし伊集院光のラジオで伊集院自身が体験した話を思い出した。

ある日の夜、伊集院が散歩をしていた。

道の曲がり角を曲がると、iPodを聞きながら歩いていた一人の青年に「あ!、え!、伊集院だ!!」 と仰天されたという話。

そのあまりに仰天ぶりに伊集院自身も驚いたそうで、その次に発せられた言葉には、もっと仰天させられたという。

「今、伊集院さんのポッドキャストを聞きながら歩いていたんですけど、伊集院が目の前に現れたりしないかなぁ… って思ってたところだったんですよ!!本当にこんなことって起きるんだ!!!すげぇ!!!!」

どんな仕掛け・要素が重なって起きるのか分からないが、こんなシンクロニシティの様なことも起きる時は起きてしまうのだ。

 

話をもとに戻す。

中華街で手頃なものを食べた後、今夜の寝どこ探しへと繰り出した。だが、この時点で時計は21時近く。

寝どこが見つかってない何とも安心できない気持ちにおそわれる。

ふと、道で簡単な地図を見つけ他ので「メリケン波止場」(パフィーの歌でもお馴染み)と呼ばれる場所があったので、そこへ向かって走り出した。

着いてみると、海の向こうに大きなホテルが佇む広い波止場だった。

まずトイレに行って、歯磨きを済ませた後、どのあたりにテントを構えようかな…と散策していると、屋根のあるところでちらほら寝てる人影が見えた。

よし、あそこなら混ぜてもらえそうだな と、近づいてみて適当な空きスペースをみつくろい、自転車を停める。

よく見てみると、数人の路上生活者・ホームレスの方々がそれぞれ別々の場所で寝ていた。

念のためそのうちの一人の人に声をかけ、この場所で寝ていいかどうか確かめてみた。

この瞬間から、この人との出会い始まった。

ホームレスの人との深い交流のはじまり

そう、その人とは、路上生活者・ホームレスの人のことだ。

以前、東京で映画製作をしていた頃、代々木公園でひとりのホームレスさんに話しかけたことがあった。

そこから長い付き合いになるロックンロール・アート・ホームレスのヒロさんという知り合いがいた。

今現在ももちろん知り合いだが、中国から帰ってきてからはまだ会ってない。

中国オリンピックのポストカードを持って、今度公園に顔を出してみようと思う。

 

話が脱線してしまった。その話しかけた人を紹介しよう。

そのホームレスの人の名は山本さん。ただ、自分は心の中でずっとokさんと呼んでいた

その由来は、大阪から神戸に移り住んできたそうなので、その頭文字をとっただけなのだが、このokさん、かれこれホームレス生活を約10年続けているのだという。

もともとの出身地は長崎とのこと。

その後、色々と職を転々とした後(土木・鳶職・パチンコ屋・ホテルベッドメイキングなど)、このホームレス生活に足を踏み入れることになったそうで、ここから抜け出せなくなってしまったらしい。

最初のうちは、大阪で7.8年ホームレス生活を続けていたそうだ。

しかし、東京の上野公園や代々木公園と同様に、大阪でもホームレス渋滞が起こりはじめ、寝場所や食料の調達など生活に相当の支障をきたしてきたので、大阪よりホームレスが少ない神戸に移り住んできたらしい(自前の自転車で)。

 

もう少し掘り下げてokさんの事を紹介してみよう。まずはその生い立ちから。

長崎生まれ長崎で育ちだったokさん。長崎と言えばやはり原爆投下のイメージがありがちだが、この原爆がokさんの家族にも大きな影響を与えていたとのこと。

まず、お父さん地震が原爆の被爆者で、okさんが子供の頃から原爆の恐ろしさ・恐怖・後遺症などの話を、耳にたこができるほど父親に聞かされながら育ってきたとのこと。

その影響から、okさんはどういった人生観を持って育っていったのだろうか、?

衝撃的な25歳の将来設計

ずばり、25歳になったら自殺しようと子供の頃から決めていたとのこと。

それは、幼い頃から聞かされてきた被曝による後遺症と障害、身体への恐ろしい影響などなどの話からそう決めていたとのこと。

 

いまの自分がまったくの健康体だとしても、結婚して奥さんとの間に生まれてきた子供が隔世遺伝で被爆の被害に遭って、障害を持った子供になるかもしれない…

 

そうなった時に子供はもちろん、自分の奥さんはどれほど悲しむであろう…

 

そうならない為にも自分は結婚などせずに、自分の体にも障害が出てこないであろう20代のうちに死んでしまおう…

 

どうせ長く生きていたっていいことなんて何もないだろう…

 

気がつくと、こんな悲観的な人生観ができあがってしまったとのこと…。

なんと悲しい話だろう。

自分は関東に生まれ、祖父・祖母の年代は戦争を経験しているが、被曝に関する話は学校でちらっとさわりを勉強した程度で、子供の頃に直接被害にあった人の体験談・恐怖のほどを聞いたりしたことはない。

こども心に、一体どれほどの衝撃だったことだろう。

結果として、後にokさんは高校生の頃に精神病を患ってしまい、学校にもあまり行かなくなってしまった

どうにか学生を卒業できたものの、社会人になってからもその病は治らず、いわゆる鬱状態に陥ってしまい、いかなる時にも心の安定が取れなくなってしまったとのこと。

okさんには、ひとりの兄と弟がいるのだそうだが、恐ろしいことに兄弟3人精神病を患ってしまったらしい

長崎という土地柄(被曝による遺伝子の影響)と、父親からの原爆の話によって精神を患ってしまったのかもしれない、。

神戸でのホームレス生活について質問

出会ってからまだ1,2時間にも関わらず、お互いに何か通づる部分があったのであろうか、okさんとは仲良く打ち解けてたくさんの話を交わした。

かなり打ちとけてきたので、ここで気になっていたホームレス生活について、いろいろと質問してみた。

筆者:この生活って、やっぱり簡単に抜け出せないもんなんですか?

okさん:これはねぇ、無理だね。ある意味、中毒なんだと思うよ。なんでかって、生活の1から100までが自由なんだよ。誰にも何にも縛られてないってゆうか、もうそんな縛られた生活に戻れないんだよなぁ。この自由さを知っちゃうと。普通に働いてる人からみたら、ただのみすぼらしい生活なのかもしれないけど、実際はかなり楽しい生活なんだよ

筆者:へぇー。そうなんですね。思ってたイメージと全然違いました。でも、どのあたりが一番楽しいんですか?けっこう暇ではですか?

okさん:暇なんて、意外とないんだよ。朝起きたら、ってゆうかおれは早朝に行きつけのパン屋ごみ箱があるから(そこのパン屋は閉店時ではなくその日の仕込み時に前日のゴミを出すとのこと)。そこに行って飯をみつくろわなくちゃなんだ。そっから帰ってきて、眠かったらまた寝たり、気晴らしに散歩をしたり、釣りなんて毎日の日課だしね。道具も全部拾い物で揃ってるしさ。あと、おれは自転車持ってるから(働いてた時に購入したらしい)自転車でも散歩できるしね

筆者:聞いてると何だか楽しいことばっかみたいですね。でも、ご飯がなくてつらい時とかもあるんじゃないですか?

okさん:それがね、意外とないんだよね。飯なんて、探せばどこにでもあるもんだよ。炊き出しも週に3回くらいあるしね。他には市の福祉課の人に行けば、けっこう助けてくれるしね

筆者:へぇ~!そんな助けてくれる所があるんですね!しかも炊き出しってそんなにあるもんなんですね!その時はたくさんホームレスの人たちが集まりそうですね。なんか見てみたい気もするなぁ

okさん:なら、あさってあるから一回食べてみるかい?はじめての人もぜんぜん問題ないからさ

筆者:え!本当ですか!

okさん:ああ、平気だよ。まぁお兄さんみたいな若い人はほとんどいないけどね。でも、お兄さんの身なりもそこまで綺麗じゃないから大丈夫だと思うよ。ははは。

筆者:たしかに言えてますね 笑。でも自転車で旅してる人なんて、みんなこんなもんですよ

okさん:まぁ、お兄さんが気にしなければ問題はないからさ。じゃ、あさっての12時からだからね

…と、こんな流れで、ホームレスさんたちの炊き出しにいくことになった。

神戸に到着してまさかこんな展開になるとは、夢にも思ってなかったが、幸いこの場所なら屋根もあって広々としてるし、周りに寝てる人もいるので、しばらく安心して熟睡できそうだ。

2008年の神戸の街を散策

okさんとの出会いの翌日、この日は神戸の観光名所・異人館に行ってきた。

このあたりは坂が非常に多く、自転車にはとても不便な場所だった。なので、途中で徒歩に切り替えて異人の街を散策した。

有料の建物だったのが元中国領事館にだけ立ち寄ってみた。中国から帰ってきたばかりだったので、ここの展示物と雰囲気はとても良かった。

神戸に合計5泊滞在中、一番立ち寄った場所が神戸市立図書館だった。

個人的に、この図書館の雰囲気がとても好きだった。

ここにきて毎回読む本は、図書館に置いてある本ではなく、持参していた司馬遼太郎の「竜馬がゆく」

この旅行中にすべて読み切るつもりで2巻持ってきていたが、その2巻が読み終わったので本屋で続巻を買い、読み終わった巻を旅の他の荷と一緒に自宅にエクスパックで送っていた。

この図書館で読書をするのがあまりに気に入ったので、okさんにもこの図書館を薦めて一緒にきてみた。

okさんは元町の図書館には数回行ったことがあったらしいが、市立図書館にはきたことがなかったようで、喜んで自分の好きな歴史小説を読みあさっていた。

翌日の昼、初日に話を聞いていた炊き出しをokさんと一緒に食べに行ってみた。

その場所に着くと、そこはあらゆるホームレスの人たちで混雑していた。

観察してみると色んなタイプの人たちがいる。言われなければまるでホームレスに見えない人、何かに疲れてしまったこの世界に足を踏み入れてしまった感じの30代くらいのまだ若めな人、見るからに年季の入った物腰の人。

女性のホームレスも5.6人は見かけた。みなおばちゃんくらいの年齢の人だが、70歳近いんじゃないか?と思うほど高齢の人もいた。

一時は大きな成功を成した人もいるかもしれない。みんな訳あってこの世界に足を踏み入れてしまったのであろう。思慮深く各々の姿を見ていると、それぞれの背中に物語を帯びているように見えた。

この日の炊き出しはカレーだった。みな一列に並んで途中で白い皿を受け取り、前方に進むと白米とカレーを入れてくれる。

 

この時の正直な感想を言うと、周りからの視線が非常に痛かった

他のホームレスの人と同様に、自分も真っ黒に日焼けをして髭も蓄えているが、この高齢層の中だとかなり浮いて見えたのであろう。

“外囲からの目線” その視線が少し痛かった。

 

炊き出しの中でokさんは数人の知り合いの人と話をしていた。

毎回たばこをくれるという帽子の人、最近知り合ったばかりだというジャージの小さい人など。

それともうひと組、自分ほどではないが他のホームレスたちと明らかに種類が違った4人組の人たちとも喋っていた。

その印象的だった4人組について詳しく記してみよう。

不良ホームレス4人組

彼らとは炊き出しの時に以外に別の場所でも会った。

自分とokさんが寝どことしているメリケンパーク・神戸海洋博物館前の屋根のスペースに、その4人組はokさんに会いにやってきた。

 

まずその4人組の人間構成から紹介しよう。

男性3人と女性1人の4人組。しかし聞いて驚くなかれ、この中の男性1人(30代半ば)と女性1人(40代前半)が、なんと夫婦のホームレスなのだ。

彼らは愛知で出会ったそうで、女性の方が居酒屋で働いていたところを男性が口説いた末に付き合いだし、結婚の運びになったのだという。

ただ、男性の方は以前に結婚経験があったらしく、フィリピンの女性と結婚していたそう。理由までは聞かなかったが、のちに離婚したとのこと。

この夫婦、付き合ってから結婚までわずか1か月という期間であったらしいが、一番驚いたのは、結婚して間もなくホームレス生活に落ちていってしまったという点だ。

ただこの男性の方は、週に1.2回コンビニのバイトをしているらしい。しかし二人の家はない。

女性の方は専業主婦というか、専業ホームレス妻という形になるだろうか。

残りの男性2人だが、この2人もそれぞれ結婚経験があるホームレスだった。今となってはバツイチという形になってしまうが、九州と大阪でそれぞれ結婚生活を送っていたらしい。

そんな4人が、どういういきさつか分からないが、神戸で知り合って仲良くホームレス生活を送っていたのである。彼らは移動に自転車を使っていた。

 

これまでの人生で、あまり深く考えてこなかったホームレス問題。

今回、仲良くなった人を通じてさまざまな部分が見えてきたが、大きく考えてみれば海外・アメリカやヨーロッパ、中国や発展途上国にもホームレスや物乞いの人は存在する。

ただ、日本のケースに限って考えてみると、このホームレス問題の奥に潜むものは急激な資本主義経済の中で生まれた膿(うみ)の様な気がして仕方がない

 

◆ ◆ ◆

 

思ってた以上に長くなってしまったので、一旦ここで区切ります。

後編では今回の主人公okさんの写真とともに、彼に本当に伝えたかったことを書いてみます。

 

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1982年生まれ 群馬出身 元映像カメラマン
取材/ライター業と海外旅企画を運営中。Podcast番組の海外取材/世界一周(約90ヶ国)を終えて、広島/福山近辺で半農半X的な暮らしを送る。同時に落語ナビゲーターとしても活動中。

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