はじめての内観合宿体験 in箱根内観研修所

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*その昔、別ブログに書いていた記事をリライトして掲載します。

今回は2010年6月の記事です。

インドを旅していたとき、現地で出会った旅人から日本の内観体験の話を聞きました。

内容までは詳しく聞いてはいなかったものの、どこか心の中で気になっていたところがあり、今度時間を作って行ってみようと考えていました。

今回は、その内観体験のレポートです。

合宿形式の内観

内観のスケジュールは、日曜日から始まって次の日曜日までの1週間の合宿形式でした。

できればすぐに行きたいと思ったので、インドから帰国した後に連絡をしたのでは遅くなると思い、急遽海外から国際電話をして、次の空きスケジュールを確認しました。

しかし、残念なことにすでに予約が一杯だったため、キャンセル待ちなら入れるとのことで、そこに入れてもらいました。すると、のちほどキャンセルが出たという連絡をもらい、まるで呼ばれたかのようなタイミングで体験することができました。

 

そもそも内観とは、自分の過去の行いを振り返り、自分自身を掘り下げていくという、「気づき」を得るためのもので、簡単に言うと「自分を深く知るためのもの」 です。

その歴史をさかのぼると、江戸時代の禅僧・白隠慧鶴の著書「夜船閑話」(やせんかんな)という本に紹介されている心身のリラックス法にまでさかのぼり、現代では一般的に吉本伊信氏が確立した内観法が世界に広まっています。

吉本伊信さんの内観法は、自己反省法・身調べから秘密色、苦行色、宗教色をのぞいて、万人向けのものとした修養法とされています(参照:wikipedia 内観)。

自分も、この内観法を箱根の内観研修所で行ってきました。

 

内観療法の効能

いままでその存在をまったく知らなかったように、内観はまだ世の中に広く浸透していないようです。

しかし、調べてみると精神医学界や心身医学界では、実際の現場で用いられている心理療法のひとつのようでした。

刑務所や少年院でも内観は使われており、死刑囚やヤクザの親分が本当に改心するなど、大きな効果をあげてメディアにも取り上げられたそうです。

 

以前のインドで体験した瞑想修行もそうですが、このツールの素晴らしいと思うところは、「これを必要としているすべての人に門戸が開かれている」というところです。

それは、国や宗教や人種・民族や信仰の壁を超え、求めているすべての人の心に直に作用します。

研修中のテープの中でも言っていましたが、そういう意味では「内観は人類の宝」と呼べるものかもしれません。

 

内観のやり方とは

内観の実際のやり方ですが、いたって簡単です。

そのやり方とは、

自分を産んでくれた両親をはじめ、自分の身近にいる人・いた人に対して、

「してもらったこと」(2割)
「して返したこと」 (2割)
「ご迷惑かけたこと」(6割)

この3点を、ひたすら調べていく

というものです。この中で、1時間から2時間に一度、内観者(クライエント)のもとに面接者(セラピスト)がやってきて、面接を行います。

内観者は、その時間に調べた内容を面接者に対して正直に告白し、面接者はその内容をただただ傾聴し続けます。

自分の心を直接自分が掘り下げるだけではなく、他者を鏡として外から自分を客観視していく点が、大きな特徴といえます。

この1週間の集中内観によって、人によっては劇的な人生観・世界観の転換が起こり心身の疾患が治癒することもあるそうです。

 

人によっては心・身体の深い病気を治癒する目的で内観体験をする人もいたり、または人生に迷ってしまい仕事を辞めてしまった人や、一般の家庭で悩みを持った主婦も訪れたりと、本当にいろいろな人に対して門戸がひらかれている療法でした。

この集中内観の他に「日常内観」と呼ばれるものもあり、それは1週間の「集中内観」で会得した反省の技術を生かして、日常生活の中で毎日一定の時間に上記3項目を通して自分を調べていくという作業とのこと(参照:wikipedia吉本伊信)。

 

1週間の内観療法の感想

さて、この1週間の内観を通して私が得たものは、正直に言って、他に受けていた人よりも大きいものではなかったかもしれない と感じました。

1週間の合宿内観が終わった後に、ともに内観合宿を体験した人たちみんなで座談会をしました。

まわりの人の話を聞いてみると、他の参加者は家族・親戚に対してしてもらった事の大きさに深く気づき、とても大きな変化を得ていた人もいました。

そこで、自分はどうしてそこまで大きなものを得られなかったかというと(これは無意識にですが)以前にこの内観に似たものを自分の中で自ずと行っていたからでは?と思いました。

 

…というのは、いまから5年前、自分は実の母親を病気で亡くしました。

亡くなってから母親との思い出を振り返っているときに、母親の病気の原因の一端(心的ストレス)は自分が作ったのでは という自覚がありました。

亡くしてみてはじめて当たり前にしてもらっていた・お世話になっていたことなど、その大きさに気がつきました。

その経験から、大きな反省と先の行動に対する自分の振る舞いについて考えていた時期があったので、1週間の集中内観を通して感じたものは、他の人とは少し別なものでした。

では一体何を感じていたのかというと、自分の集中力についてです。

 

すべては集中力から

これは、瞑想10日間のときにも自覚した事ですが、子どもの頃からしっかりと培ってこなかったすべての行いにおいて必要な集中力、これを育めていない自分を再発見したことが、皮肉ながらも今回得たものでした。

他の参加者も、「最初の2,3日は他のことばかり考えてしまい、まったく内観に集中できなかった」 と言っていましたが、以前にもこの過ちは繰り返すまいと思っていたのにも関わらず、同じことを繰り返してしまいました。

これからの人生の道を歩んでいく上で、いまここでこの修正を図らないと、取り返しのつかないことになるかもしれません。宣誓としてこれから改善していくことを、ここに残しておきます。

 

内観研修の様子について

実際の内観研修の部屋の様子ですが、屏風で囲まれた中でそれぞれが一人づつ行います。

部屋は3人部屋だったので、1週間そのメンバーと同じ部屋で寝泊まりと内観研修をともにしました。

同じ部屋なので、自然と彼らの面接者に対する話も耳に届きます。

2人の歩んできた人生も中々壮絶なものでした。当たり前ですが、自分だけでなくみんなそれぞれの事情があって、この場所まで足を運んできたのだな と感じました。

いま現在、これまでの海外での生活や自分が見て経験してきたことを生かして、独学で心理カウンセリングを学んでいます。

しかし、内観が心理療法の中のひとつであったということを、恥ずかしながら参加したあとで知りました。

この1週間の内観研修を終えて、これからさらなる勉強・集中力が必要になってく上で、気心だけは常に整えて、日々の中で学びをつけていきたいと感じました。

 

いろいろな偶然やタイミングが重なり、今回参加できた内観研修。

この内観とは、瞑想やヨガとちがって、修行のような要素はほとんどないので、特別心が病んでいない人でも、何かに迷っているわけではない人でも、内観はそれを受け入れてあなた自身の自覚していなかった自分を深く知るツールとして機能するかと思います。

瞑想ほど厳しい制約や制限もないので、ライトな療法としてお勧めできる心理療法です。

もし必要と感じたら・呼ばれたと感じたなら、内観はあなたを訪れを待っていると思います。

長くなりましたが、研修中に流れたテープの中で言っていた「学者の言葉」と、とても心に残った森川りうさんの「道のうた」の詩を残して、今回の内観体験記を終わります。

 

追記メモ:学者の言葉と道のうた

法学部の学者の言葉

私たちは通常ものを見る時に、自分の「都合」でものを見ています。

自分の都合で考えて、自分の型にあてはめようとしてものをみているので、実際には本当にものをみていない場合が多いのです。

教室で目をつむってもらって、黒板の色は何色かと聞くと、たいていの人は黒だといいます。
ここの教室では緑なのですが、ある教室では青です。100人くらいに聞いても青と答える人は2人くらいしかいません。

その様に、私たちはものを自分の都合で見ている、レッテルでみています。

例えば私の専門でもある少年非行ですが、何か事が起きると、その少年をレッテルでみる。そうすると、段々それに相応しくなって見えてくるわけです。

お母さんのくせにですとか、先生のくせに、社長のくせに といういう時には、その人自身を見ていない。タイトルで見ているのです。

自分がお腹が大きい時(妊婦)には、やたらとお腹の大きい人が目立ってみえる。
自分の子供が3歳くらいの時には、3歳の子供がそこらじゅうに遊んでいる。

この間、私の家で壁紙(内装)を変えたのですが、その時にはどこにいっても、例えば喫茶店に行っても、そこの壁紙が気になって見えます。
ただ、自分でどの様なものするか決めてしまえば、そんな事は全然気にならなくなります。

自分が浪人時代だと、みんな浪人している様に思える。
大学生になってしまうと、一体浪人生なんてどこにいるんだろう という感じになる。

この様に、私たちは自分の都合のよいものを自分に都合の良い方向からしかみていないわけです。

父親に殴られたことだけ覚えていると、その父親が優しくしてくれた事など全部忘れてしまう。

(中略)

私は法学部の人間ですが、法学部の学生が一番学ばなくてはならないものは、法的なものの見方です。
リーガルマインドといいますが、法的ものの見方というのは、相手の立場に立ってものが見える見方です。

何か争いがあった場合、自分の主張だけではなく、相手が主張するその立場なら主張するであろうその言葉が自分に分かる、それが分かった上でそれをどういう風に解釈、あるいは対処していくか。
それが出来た時にはじめて、リーガルマインドが備わった という事になります。

その様に、今の自分自身、あるいは過去の自分自身を、今までの全く偏った見方から離していく。
これがカウンセリングの本質であろうかと思われます。

そういう意味においては、内観というものは、正にそのひとつであると言えるかと思います。

 

道のうた 森川りう
https://www.youtube.com/watch?v=36Mdf8RY_aY

勝つ人は強いが
ゆずる人は さらに強い
人の世は、山坂多い旅の道

やり手になるより
委(まか)せられる人のなれ
如何(いか)な言いわけも
自分の愚(おろ)かさを
隠(かく)すことが出来ない

出来ることはやろうとせず
出来ぬ事ばかり心配している。

右でもない、左でもない所に
まことの道がある
仕事も人の心と身になってせよ

豊かだから 与えるのではない
与えるから 豊かになる

 

箱根国立公園内観研修所
http://www.e-naikan.com/jpn_information.html

全国内観研修所ガイド
http://www.nsknet.or.jp/~hy-comp/newinfo/Nkensyusho/main.html

 

 

====================

あらためて読み返してみると、この頃の自分は「自分探し」の傾向が強かったようです。

熱心に心理カウンセリングを学んでいたことからも、その要素が感じられます。

でも、こういう経験を含めて、いまの自分のすべてが形成されていると思うべきなのでしょうね。

 

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