海外でベジタリアンになった理由について その2

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菜食についての記事の続編です。前編はこちら↓

《参考記事》海外でベジタリアンになった理由について その1

 

日本を出て、海外でベジタリアン(ペスクタリアン)になった経緯・理由について、続編記事です。

約5年間、ベジタリアンやってます

以前、数ヶ月だけベジタリアン・菜食の食堂がとても多い町・タイのチェンマイに住んでいましたが、ベジタリアンに優しい町・チェンマイは、かなり暮らしやすかったです。

それに比べると、日本だと肉食がスタンダードなので、外食では気を使うことが多いです。

(チェンマイの野菜&果物市場。南国特有の果物がたくさん並んでいます)

 

そんな、牛肉や豚肉・鶏肉は食べないけど、魚や卵は食べる といういわゆるペスクタリアンになって丸5年が経ちます。

ちょうど30歳を迎えたインド・ダラムサラでの誕生日の時からはじめた魚菜食

海外で過ごす分にはどうにか過ごせていたこの食生活も(国にもよりますが)去年、日本に帰ってきてからの正直な気持ちとしては、すこし肩身の狭い思いで過ごしてました。

断肉は理解されにくい

その理由は、マイノリティ・少数派ゆえに、あまり共感が得られないことです。

例えば、ここ高知の本山町・嶺北エリアでは、とても稀少な土佐あかうしが生育されています。

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《写真参照》しゅーへいのBlog【LOHASHU-ラボ】

 

 

嶺北にきたら、ぜひこのあかうしを食べていくべし!」と言われるほど、絶品のお肉と言われています。

…なんですが、これからも食べる予定のない自分としては、この話題が出てきてもいつも無の表情で過ごさざるを得ないというか「この土地としては、自慢のお肉なんだろうけど…」と思いつつ、いつもその場の話題を共有できませんでした。

それをグチりたいわけではなく、むしろ、せっかく嶺北を訪ねてきてくれた友人には「試してみたらいいよ」と思っています。

…よく考えてみたら、勝手な疎外感ってやつかもしれませんね(書いてみたら気持ちも晴れてきたので、これで良しとします 笑)。

実は、ただの趣味としての菜食

閑話休題、今回ボクが伝えたかったのは、これです。

《記事参照》「主義」ではなく、「趣味」を生きていきませんか?――菜食「趣味」を持つ者からの提案

 

あらためて読み返してみても、やはり何度も共感。
簡潔に意図や気持ちを表している良記事です。

表題の写真の通り、自分にとっても菜食は主義ではありません
主義ではなく、独立した “ひとつの趣味” として、菜食を捉えています。

固まった強い“主義”ではなく、緩やかでただの好きが高じた“趣味”
“趣味”と聞くと、”主義”とちがって、なんだか反発・糾弾したい気持ちが失せてきませんか?

その理由はとてもシンプル。
だって、ただの趣味なんですもの。

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(カンボジアのシェムリアップで歩いていたお坊さんたち)

 

例えば、小乗仏教におけるお坊さんの場合、托鉢してもらってきたものは何でも食べるルールがあるようですが、自分の菜食趣味の範囲だと、人から好意でもらった肉類に関しても、相手にやんわり事情を伝えて食べずにいられます。

人によっては、理解をされない場合もありますが、その場で一気に理解しろというのも難しいことかもしれないので、別の話題にそらしてみたり…。

 

でも、その上で、一般的な質問として「どうしてお肉を食べないの?」と頻繁に聞かれますが、もはや一つの理由ではないんです。

ひとつひとつ数えてみると、10個くらいの複合的な理由でいまは趣味としてお肉を断っているという感じなので、一言やそこらなんかで伝えることはかなり難しいです(性急な聞き方をされると、実はそのときの条件反射的な思いつきの言葉で答えてしまうことが多々あります。大雑把な聞き方には大雑把な答えしか出せないというか…)。

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(シェムリアップの市場で売ってるデザート屋さん)

 

ちなみに、砂糖や糖質は特に控えていません。

今後、また考えも変わってくるかもしれませんが…。

体を使ったリアルな実験として

もう少し解説してみると、昔は魚菜食をやることに関して「健康を目指しているから」やら「動物愛護の気持ちがあるから」という理由をつけていましが、いまはそういう感覚でもありません。

いまの思いとしては、美味すぎるものは、ちょっとやばいかもしれない という感覚があります。

 

言うなれば、自分のいま持っている気持ちにしたがって食べることを止めている というのが一番近いかもしれません。

ようは、ちょっと酔狂な実験だと思ってもらったら分かりやすいかも…。

 

あくまでも、自分の感覚・感性に従ってやっていることなので、これから先に気持ちが移り変わっていくこともあるでしょうし、結局、いまの時点での話しかできないというか、人に勧めたいという気持ちも特段ありません。

なので、もしあなたの心からの興味が生まれたら、その欲求の消化・昇華として、やってみたらいいんじゃない?と思っているに過ぎません。

 

なので、ただ単に、自分の食の実験として心地よく・楽しんでやっています。
いわば、余裕・余剰から生まれる道楽と言ってもいいかもしれません。

世界を旅行・取材し続けていた中で、あまり治安の良くない開発途上国をたくさん回ってきたからこそ、そう思います。

なので、以前のように「これこそ人類の食料問題を解決できる唯一の術だ!」とは思ってはいません。

最終的な精神面での効果について

最後に、今回のテーマで是非ともシェアしたいもう一つの記事があります。

それが、下記の記事です。


ベジタリアンになる理由やきっかけというのは、
「動物愛護」、「環境問題」、「宗教」、「健康目的」などが考えられます。

しかし、ベジタリアンを続ける理由を突き詰めると、最終的には、自分自身の満足感や達成感高揚感などを得るための趣味といえるのかもしれません。

先日、妹と2人で焼き鳥屋に行きました。

普段、私は焼き鳥屋に行くとピーマンや長ネギ、しいたけなどの串物を注文するのですが、先日行った焼き鳥屋には野菜の串物がなく、私の食べられるものはありませんでした。そこで肉食の妹に言われた一言が、「お兄ちゃん、まだベジタリアン続けてるの?もうお肉を食べたら?」です。

どうやら身近な存在である妹ですら、ベジタリアンに対して勘違いしているようです。

私は、お肉が食べたいけれど健康の為に我慢しているのではなくて、ベジタリアンを続けることによって得られる体の変化や健康維持、精神的安定、好奇心や探究心を楽しんでいるわけです。つまり、私にとってベジタリアンとは趣味の1つなのです。

ゴルフが楽しくて、ゴルフを趣味として続けている人に対して、「まだゴルフ続けてるの?もうゴルフやめたら?」とは言えないように、ベジタリアンを趣味として楽しんでいる私に対する妹の発言は少しおかしいわけですね。ま、可愛い妹ではありますが。

先ほど、ベジタリアンと健康は無関係だと言いましたが、私の中では「ベジタリアン」という趣味と「健康維持」という趣味が2つあるだけで、「ベジタリアンだから健康」や「健康オタクだからベジタリアン」のように、2つを結びつけて考えられない理由はそういうことです。

《記事参照》ベジタリアンは健康なのか?魚菜食主義者の健康オタクがベジタリアンについて思うこと

この記事、まず、自分とかなり似た考えを持っている人がいたことにおどろきました。
そう、趣味として捉えると、いつ辞めてもいいことなんです。だって、だれに指示されたわけでもない道楽・趣味なんですもの。

はじめる理由としては、この先の体のことを気遣ってという理由でもいいし、そういうドキュメンタリー映画をみたからでもいいし、そういうブログ記事を読んだからでもいいんです。

ようは、常識に邪魔されない自分の内なる好奇心の実験は、けっこう面白いものだよ と言いたいんですね。

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(海鮮の入ったタイのシーフードグリーンカレー)

 

ただ唯一、上記の記事の方とちがう点は、自分の場合は健康オタクになりたいわけではなく、この好奇心の実験をもう少し付き合ってみたい ということです。

人によっては、体の不調から菜食・ベジタリアンになる人も多いのも事実です。

でも、自分の場合、インドという特有の宗教観を大事にした国で育まれた考えや見方、その他、海外で出会ってきたたくさんのものを融合して作られたこのペスクタリアンの実験を、まだしばらくは続けていこうかな  と思っているというだけなんですね。

長くなってしまいましたが、またいつか菜食についての想いを綴ってみようと思います。

(みなさんのお肉に対する思い・気持ちもシェアしてもらえるとうれしいです)

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